創薬に関する最近の研究、シンポジウムに参加した。

創薬に関する最近の研究、シンポジウムに参加した。
                      2017/9/27
                      十河 智

 卒業した京都大学薬学部同窓会から、毎年一回、最近の創薬研究動向を紹介するシンポジウム開催の案内が来る。製薬化学科出身の私は、最近とみに変化してきている創薬の手順や知見が紹介される、私にとって唯一の機会でもあるので、老いて働かなくなった脳にも少しはたたき込んでおきたくて、片隅に座らせて貰うことにしている。
 今年は、特に、あの山中伸弥先生の講演が最後の枠に設定されていた。そして、私達古い世代の頃の研究体制が、現代に追いつかなくなって、京都大学薬学部や、大学院の薬学研究科の研究体制や機構が根本から改変され、私の研究室だった教室の後継たる専攻分野が、創設十周年を迎える記念のシンポジウムと銘打っていた。これは行かずばなるまいという内容であった。
 会場も、この催しとは別に、長年京都大学薬学部校内にあった薬用植物園をこれもまた毎年公開していたのだが、この薬用植物園を移設して、この跡地に建てられた医薬系総合研究棟だったので、一度入ってみたかった。この藤多記念ホールと名前を冠された藤多先生は、私の教えて頂いた教授の次の薬用植物科学教室の教授になられた方である。行ってみると、薬用植物園と、となりにあった、放射性物質を扱う研究施設が、取り壊されていて、新しい建物になっていた。放射性物質研究施設も、学生の時付いていた助手の先生が、植物の細胞をがん化させて、有用な物質を集中的に大量に作る細胞工場のようなものができないか、そんな研究のトレイスに放射性物質を使っていたので、準備室くらいまで入った記憶がある。時代が移り、今、教室の名前も建物も、私を、思い出に浸らせるものは、どんどん壊され消えていく。
 後で、シンポジウムの各発表を聞いて判ったことだが、創薬の手法も、第一段階のスクリーンニングから、知見や安全性の確立のための実験まで、総てのフェイズに、コンピューターの手助けが導入されている。ビッグ・データ、ゲノム解析、DNAや、RNAを使ってのタンパク質合成。培養組織を使っての生物化学的に同等性を持った安全性試験、これが、山中先生のiPS細胞が将来この分野の研究に大いに利用できるゆえんなのである。

 ある製薬会社が二面全部を使う新聞広告で、こんなキャッチコピーを打っていた。正に現代の創薬を、言い得て妙と思う。

     「バイオでしか行けない未来がある。」

     「答えは人間の中にある。」

 本当にふわぁっとでしかないが、少し、シンポジウムで聞いた中味を書いておきたい。

1 薬学部での教育制度の変化、
 薬剤師教育六年制の法改正により、薬学部、大学院が再編された。薬化学、医薬創成情報科学、薬学の3専攻体制になった。

2 医薬創成情報科学専攻の10年と展望
 情報科学創薬科学と融合するIT創薬科学者を育てる。生命科学と情報学という学問分野のまたがった、広い視野の研究者の育成が、必要である。最近は、AIも医療、創薬に取り入れられつつあり、この分野の人材養成がますます必要とされている。成果として、システム生物学データベースKEGG(Kyoto encyclopedia of Genes and Genomes) をあげる。

3 システムバイオロジー
 体内時計による生体リズム、24時間リズムの刻み方と異常がもたらすものについての研究。20年前にほ乳類の時計遺伝子が発見されたことで、研究が進んだ。 
 我々の体の60兆個の細胞のほぼ全てに、24時間周期の自立振動を、複数の時計遺伝子が細胞内でフィードバックグループを形成し、生み出している。この細胞振動を統合する機構が、マスタークロックとしての視床下部にある視交叉上核である。そして。これ自体が、2万個のヘテロニューロンで構成され、強固なネットワークを作る神経システムであると判ってきた。これが、強靱で、かつ環境の変化にも適応可能な振動を生み出している。不眠や、昼夜交代勤務、夜型生活といった、現代生活の生体リズムの異常と、健康、病気との関係も時計遺伝子欠損マウスを使う実験などで、研究が進んでいる。時差ぼけについても、内在する時計があまりに安定であるために、すぐには現地時間に合わないために生じるのであるが、時差ぼけの発現の機構と、再同調の期間など、判ってきている。リズムに関係する受容体 の阻害剤、あるいは、時差を複数回に分割すること、これらで時差ぼけ症状の軽減可能である。



4 各研究分野の展示ブース

内輪の研修会らしく、昼食、ティータイムには、学生、研究者の研究成果を、ポスターで掲示、紹介するブースが設けられていた。大学院生に、コーヒーを飲みながら、すこし質問などもしてみた。研究が進み、ゲノム情報や、コンピューター上での立体構造の解明など、予備的に生理活性の検討を経た物質を、新しい手法を取り入れながら合成する。合成法の開発や創薬展開の速度、探索範囲の効率化は、昔と比べられないほどに進化しているようだが、基幹の物質に枝をつけ、構造を変化させて、より役に立つ化合物を探すのは今も変わらない様だ。近縁物質群の流れ図が、ポスターで、掲示されていた。

特別講演

1 スパコンと人工頭脳でがんの臨床シークエンス支援を新ステージへ
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長 宮野 悟 

がんを理解するためのゲノムを初めとするデータの増大は、スパコン人工知能技術を活用した新たな領域を生み出した。各データベースに集積された医学・生命科学分野の論文は膨大、がんをキーワードに検索すると一年分だけで、20万報を超える論文がヒットする。その他化合物の特許情報も膨大である。今までは、これらは病気も薬も臓器別で分類されていたが、遺伝子情報、ゲノム情報別に分類、人工知能が組み込まれ、どこからでもコンピューターで読み取れる。医師とともに、コンピューター技術者、学者と、仕事の枠を超えて集結、特定の病気、血液腫瘍について、患者の側の蛋白部分の全エクソゾームの解析データからコンピューターで可能性のある病気を探り、治療法も患者へ早期にフィードバックするという臨床シークエンス支援が試みられている。全世界数ヵ所にIBM Watsonの応用システムなど、このようなコンピューターを設置するセンターが置かれ、様々な臨床シークエンス支援の方策が拡げられており、また可視化により、解析がスムーズにできるよう工夫され、生体認証などセキュリティー管理も厳重に行われている。

2 協奏機能型不斉触媒が拓く環境調和型医薬合成
(公財)微生物化学研究会 微生物化学研究所所長 柴崎 正勝

我々は20年以上に渡って、協奏機能型不斉触媒のコンセプトを主張してきたが、このコンセプトの基、様々な触媒的不斉反応(特に触媒的不斉炭素ー炭素結合生成反応)の開発に成功している。最近、抗腫瘍性天然物、ロイシノスタチンAの不斉全合成を達成した。これには4つの触媒的不斉合成を利用。通常の合成では混合物が生成されるが、不斉合成ではH+の移動のみで、余分なものができず、触媒を使い回しできる。構造を触媒のみで変換し、収量、反応速度をあげることができた。

3 睡眠覚醒の謎に挑む

筑波大学総合睡眠医科学研究機構長
柳沢 正史

睡眠・覚醒は中枢神経系を持つ動物種に普遍的な現象であるが、神経科学的本態は、謎に包まれている。覚醒系を司る神経ペプチドオレキシン」の研究が進み、新しい睡眠学が展開され、睡眠・覚醒のスイッチングを実行する神経回路や伝達物質が解明されつつある。内因性覚醒系を特異的に抑えるオレキシン受容体拮抗薬が上市された。オレキシンの働きを抑え、より良い睡眠を促すものである。覚醒障害ナルコレプシーの根本原因がオレキシンの欠乏であることが判明、オレキシン受容体作動薬が、ナルコレプシーの病因治療薬、それ以外の要因による過剰な眠気の抑制する医薬となると期待されている。その一つ、オレキシン受容体刺激薬のマウスによる実験では覚醒が持続する作用と、脱感作の起きないことが確認された。睡眠と覚醒のスイッチに関しては解明が進み、調節できるようになりつつある。しかし、そもそもなぜ睡眠が必要なのか等、基本課題は全くわかっていない。このブラックボックスの本質に迫るべく研究を進めている。

4 iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取り組み
京都大学iPS 細胞研究所所長
山中伸弥

〔実は、この講義が聴きたくて、山中先生の実物に会いたくて、このシンポジウムに参加することに決めたのです。山中先生は、オープンな方で、テレビでも、よく特集のMCとして出られるし、新聞にも取り上げられ、研究成果を世に押し出し、拡げていこうとされている。自分は要にいてプロデューサー的に動く、といっておられる番組もみた。その事が信頼を裏切る部下に当たり、最近問題になっていたが、それが発覚したのはこの講義の後であった。迅速に解明と処理がなされ、排除できたのは、先生にとっても幸いであったと思う。本当に、役に立つ研究成果を目指しておられる先生だと思うからである。
本論に入る前に、受精卵から作るES細胞と大人の細胞から作るiPS細胞の違いについて山中先生が述べた毎日新聞
コラムから少し引用します。

研究に着手したのは、マウスを使ってのES細胞からで、 人間のES細胞作成に成功したというニュースを受け、 「自分の研究が人の病気の克服にかもしれない!」と喜んだ。
ES細胞は、倫理的問題を指摘されるまで長い研究の歴史があり、成果も多く、iPS細胞の「先輩」であり「恩人」です。
長い間、人間のES細胞は作れず、他の方法で、同じような細胞を作ることにした。iPS細胞です。受精卵を使わず、倫理上の問題がないこと、免疫のタイプや病歴のわかっている大人の細胞からなので、工夫により、再生医療の際の拒絶反応を減らしたり、阻止することができる。難病の患者さんの細胞から作るiPS細胞は、その病気の治療法の研究や薬の開発に役立てることができる。〕

以下は、シンポジウムでの講演内容である。詳しい内容になっているが、大筋、新聞記事と一緒である。山中先生の、一般人にもわかってもらいたいという姿勢がよくわかる。

人工多能性幹細胞(iPS細胞 )は、繊維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycという4つの遺伝子(全て転写因子)をレトロウイルスベクターで導入することで、樹立された。自己増殖能と多分化能を有し、遺伝的背景や個性の明らかな個人から樹立が可能であるので、細胞移植治療や病態解明、創薬応用などへの貢献が期待されてきた。
その目的に向け、安全かつ高効率的な世界標準となりうるiPS細胞樹立技術の確立を目指し、様々な技法を確立し提案している。エピソーマルベクターを用い、染色体を傷つけることなく作成する方法を確立し、高い効率を確保しながらも、腫瘍化の原因となるc-Myc を使わない樹立法を提案している。また従来法で用いられてきたフィーダ細胞や異種生物由来の成分・材料の利用を避けた培養基材や培地を開発した。
加齢黄班変性への臨床研究が開始され(網膜色素細胞を患者自身の細胞から作りシート状にし、入れ替える。この研究では、評価に時間と費用が嵩み、一例のみ)、臨床用に品質の保証されたiPS細胞を迅速に提供できるよう、免疫拒絶反応を起こしにくいiPS細胞株(日赤と協力、献血血液からHLA 型の特殊な免疫の障害の少ない数百人に一人のスーパードナーを探して、その細胞から、iPS細胞を作製し、ストックする。 日本人で多いHLA型ホモの人を順に押さえていけば、10人の細胞で、50%、143人くらいで90%カバーするiPS細胞をストックできるので、それを目指す。 )を予め樹立しておく、再生医療用iPS細胞ストックを作製するプロジェクトを進め、すでに医療機関や企業への配布を始めている。このように一般化することで、費用を押さえることができる。自分の父の死因のC型肝炎ウイルスの薬が最近開発されたが1錠55,000円 、1日1錠90日投与、とても高価、iPS細胞での再生医療をいうようになりましたできるだけ安価にしたい。そのために努力する。
その他、薬の開発に関しては、人間由来の何千人分のiPS-cellを対象にして、治験ができること、特別な患者由来のiPS-cellを対象にして、orphan drug の開発ができること。このことと関連するが、一般的に患者由来のiPS-cell を使えば、病態研究が進み、多くの病気の解明ができる。逆に病態が明らかな場合に、再生医療を本人由来で行う計画も立てることができる。患者さんの申し出で着手した研究もある。ALSや軟骨無形成症・FOPの患者さんから樹立した疾患特異的iPS-cellを用いることにより、効果的な創薬スクリーンニングは行われ、治療薬のシートとなる発見も報告されている。
研究において、予想外の結果が出ることは往々にしてあり、そのとき、固執せず、課題を転換することも大事。周辺に目を配り、可能性を探してゆく。
病態を事前に把握し適切な医療を提供する「個別化医療」「先制医療」、候補医薬品の再評価や、既存医薬品のドラッグ・リポジショニング、など新たな展開が期待できる。