句帖を拾ふ(2019/01)

句帖を拾ふ(2019/01)
2019/01/01
十河智

1
独吟歳旦三つ物

暮→暮→新年

行く年の闇の静寂を震はせて
鳴る除夜の鐘居間のテレビ
元日の午前零時を越しにけり

2
独吟歳旦三つ物

新年→新年→春

門松は凡て絵となりプラとなり
世は移ろひぬ凧揚げの子よ
平成の御代は四月に終るなり


3
新年
New Year

新年や一年一度猪口一杯
A Happy New Year!
a small cup of sake once a year
新年の祝の膳や皆揃ひ
A new year banquet;
the whole family are present

4
前句付け

兄弟で淑気を破るN(エヌ)ゲージ
めでたくもありめでたくもなし 智

5
揚々と晴れ渡るなり今朝の春

皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

初日の出素振りする児のシルエット
the first sunrise of the year;
the silhouette of a baseball boy making many practice swings

 年賀状に添えて。

7
初日の出五色台へか屋島へか
the first sunrise of the year;
Let's go to the Gosikidai Hills, or to the Yashima Peninsula

8
初明り
first daybreak of the year
初明り龍馬とあらむ桂浜
the first daybreak of the year;
with Ryoma Sakamoto at Katurahama beach
初明り日和佐に厄を落としけり
the first daybreak of the year;
having got rid of bad luck at Hiwasa, Yakuouji Temple

9
迷ひしも今年も富士に俳句添へ 十河智

年賀欠礼の葉書も多くなり、こちらからの年賀状を止めるかと毎年悩みます。
今年になってから出しましたが、続けました。

10
元日
New Year’s Day

元日の家族にもある互礼かな
New Year's Day;
the whole family bowing and greeting each other
元日や新聞各紙読み比べ
New Year's Day;
compareing front pages of several newspapers

11
七種や畦や庭より調達し
七種をとんとん草の名を唱え
俎に七種並べ粥煮てし

12
寒の入り
the beginning of the coldest season

寒に入る豪雨地震の被災地も
the beginning of the coldest season;
also in the disaster evacuation areas of the torrential rains and the earthquakes
良き鰤の二きれパック寒の入り
two pieces of good yellowtail in a pack;
the beginning of the coldest season

13
冬帽子
winter hat

ふわふわと編み掛けてゐる冬帽子
knitting soft and fluffy winter hat;
halfway to complete あそこまで被ってをりし冬帽子
having had the winter hat on;
surely at that place (01/08)

隙間風
niche wind

14
隙間風
風通し良きとも言へて隙間風
niche wind;
good ventilation in a sense

わざわざに開ける数ミリ隙間風
a few millmeters intended crack of the window;
niche wind (01/09)

15
初読
first reading 

初読みや 絵本持つ子を膝に乗せ
a picture book as the first reading;
holding a child on my lap
初読みぞ電車に乗りて電子ブック
electric book on electric train;
first reading, isn't it ?

16
ぼたぼたと擦らぬ墨にて書き初めす
書き初めや必ず破る一画め
書き初めや掠れも味と教はる子

宿題の最後、二日に書き初めをする孫の様子です。


17
初髪
first hair brushing

初髪や振り袖を着て結ひあげぬ
first hair brushing;
having weared a long-sleeved kimono and done my hair in a traditional Japanese style
初髪や切らずにおきし地毛自慢
first hair brushing;
boasting my uncut hair arranged for New Year greenings


18
注連飾り解きて不燃可燃ごみ

18
大寒
the coldest time of the year

表裏日本大寒気象地図
the coldest time of the year;
the Japanese weather map divided into two regions
大寒の捨て置かれゐるアルミ缶
an aluminum can left by the wayside;
the coldest time of the year

19
どんど焼き
火に触れる少なき機会どんど焼き
どんど焚く何投げ入れし臭ひなる
左義長や竹爆ぜさせて火を散らし

20
大寒や同じ時代を駆けし人
御代終る大寒の日の回顧録

もう少しでひとつの時代が終るという感慨が否応もなく迫ってきます。
寒い頃には訃報がよく届く。新しい元号を知ることなく、と、どうでもいいのに思ってしまう。

21
スキー
skiing

南国の人日本にはスキーしに
skiing in Japan;
from southern countries
難コース滑走仕切りスキーヤー
a gloat of a skier;
finishing well a difficult slope

22
「春近し」
春近し近頃多き教習車
新築の家引越中春近し
中学にざわめきある日春近し

23
サッカー
soccer

サッカーや日本の勝ちを知れば良し
the soccer match;
having an interest simply in the victory of Japan
公園に子らサッカーすベンチより
children enjoying soccer in the park;
my view sitting on a bench

24
寒晴
winter nice weather

寒晴やそれでも回す乾燥機
winter nice weather;
but still drying the laundry in the dryer
寒晴の女子マラソンをみてゐたり
watching women"s marathon race on TV;
winter nice weather

25
風邪
cold, chill

風邪気味とふたり仲良く引きこもり
the two, having slight colds;
shutting themselves in home
流行り風邪たまに出掛けるターミナル
a cold prevalent;
going out to the terminal once in a while

26
人参
carrot

金時のこれぞ人参なる主張
carrot named Kinntoki;
a claim that the carrot it is

人参やビタミン色といふ分類
carrot;
classified as vitamin colors

27
首筋にすかすか寒気感じけり
またマフラーきのふの道を辿るなり

よく忘れ物をするようになりました。特にマフラー、傘、帽子。つい最近も外に出てからマフラーのないことに気づきました。車の脇に落としてそのままあったので幸いでしたが、前日行った店などにも電話、大騒ぎしました。

老化、そしてこの認知症への道かも?

老化、そして認知症への道かも?
       2018/12/27
       十河智

 ああ、これが老化か、そう思って落ち込むこともある。ものを忘れる。判断と行動が鈍くて、自分の思うことがなかなかスムーズに進まない。そして諦め調子に、マイペース、マイペースと、呪文をかけて言い聞かす。これはそんなある日のことである。

 受けていたしていた研修会が、終わった。朝早く京都まで出てきて、薬草園を小一時間も歩き、かなり疲れていた。が、京都に来たら、できるだけやりたいことを詰め込む癖があって、この日も、兼ねてから、私の読んだ「熊野概論」を読ませてほしいという友人のために、持参していた。友人の予定を聞くために、研修会場を出たところの生け垣で、電話した。日曜日はいる筈だと思ったら、御主人が出て、今、名古屋へ立ったところだという。まあ忙しくしている人に、前もって連絡もせずに会おうとしたら、こういうことも想定内。諦めて帰ることにした。
 さてと、いつもこの場所に来て、帰るとき思うこと、バス停にも電車の駅にも少し遠い。タクシーも通らない。大通りまで、歩くしかない。近衛通、東大路と川端通のちょうど中間点、川端通に向かって歩き始めた。いい天気だったし、可能なら出町柳まで河川敷を散歩がてら歩いてもいいなと思いつつ。
 鴨川が見えてきた。と、そこで、持ち物が一つ足りないことに気がついた。本の入った手提げバックをどこかに忘れてきていた。何処だろう?頭の中が、クルクル、パチパチ。閃いたところは、研修会場。今歩いてきた道をそっくり引き返す。スタッフの方が残っていて付き添ってくれたが、無い。一瞬、思考が止まり、スタッフの方にも、恥ずかしい気持ちで、対応できないくらい。まだ片付けにも入っていないので、持ち出してはいない筈だと言う。
 すごすごと会場を離れつつ、またしても、頭の中が、クルクル。今度は場面をスローに思い返してみる。友人に電話を掛けたとき鞄を手から放した。その場所に急いだ。
 女の人が電話中で、その人の視線の先に、私の鞄があった。声が聞こえてきた。「近くの交番へいけばいいですか?」
 「ごめんなさい。これ私の鞄です。」割って入った。「あっ。今所有者の方が戻ってこられました。大丈夫です。」電話を切って、「よかった。交番ってどこにあるかなって、思ってました。」
 大事な本を持ち歩いている。危機一髪で、戻ってきた。そういう変な安堵感で、疲れを感じた。
 それでも川端通までは歩かないと。
 かなり足を引きずりながら、やっと自動車の往来がひっきりなしの川端通に辿り着いた。河川敷の元気に小春日和の午後を楽しんでいる人たちが見えてきた。「あの広いベンチまで行って少し休もう。」
 大きな広い石の露台がベンチや丸い腰掛けと雑ざって、あちこちに設置されている。ああ、横になりたい、という気持ちが募っていた。昔は野原で、草の上に寝転がったりもしたものだ。そういうことを今はしなくなり、見なくなったが、降りていって、露台に上体を伸ばして、足をぶらぶらさせた。
 仰向けになって、露台を覆う大きな木の葉陰から秋の青空を眺めて、気持ち良かった。誰も気にすることなく、通りすぎて行く。
 そのうちに、露台の半分に、四人連れの同じ年頃の一団が座り、話が漏れ聞こえる。見舞いに来た人たちと外に出てきた近くの病院の患者らしい。
 ランナーを見て、奥さんが有望な陸上選手だったことや、自分の人生・子育てなど語りだした。男の人のしんみりと語る話は、味わいがあった。もう一人、聞き手がいることに気づいていたのだろうか。
 夕方にかかる頃、彼らは帰っていき、私も立ち上がった。また歩く元気が出てきていた。
 また近衛から今出川まで歩いた。加茂大橋で、今出川通りに上がる頃はもう完全に暮れていた。目的の出町柳駅の灯が煌々としていた。今から電車に乗ると、家に連絡した。
 橋の袂で、自分の体力、脚力に、いいようもなく、幻滅していた。一歩が踏み出せない。家に帰りつかねばと、重く引き摺る様な一歩また一歩。
 大袈裟に、と思われるかも知れない。世に言う認知症の外見をこういうものではなかろうかと、また行き倒れって、ここからかもとか、急に、そして一瞬、頭を過った。
 今日は家まで帰り着いた。そしてまた、忘れた頃に、同じように、私は街をさ迷うのだろう。耳や眼の捉えるものの魅力に誘われて。
 
もの失くし見当外れや秋の暮
柊の花の垣間に見つけけり
行く秋や本を大事に持ち歩く
ランナーの妻の経歴鵙猛る
飛び石に親子を眺む秋麗
照紅葉ランナー何人走り行く
釣瓶落し駅へとぼとぼ歩くうち
秋の蛇帰り着かねばとの焦り
冬隣認知症とふこと過り
木守り柿からうじて行き倒れずに  十河智

「セレネッラ」【第17号・冬の章】を読む

「セレネッラ」
 【第17号・冬の章】を読む
        2018/12/22
        十河智

LAWSONで、三人も店員さんがやって来て、やっと手に入れた。
 今号から、写真俳句が始まった。写真の切り取り方は、俳句に通じると、常々思っているので、楽しみな企画である。
 全体の印象と好きな一句、写真俳文への感想を述べる。

一期一会 金子 敦
 一句一句の中にある、意外な展開が面白かった。

寒月を揺るがす三三七拍子 

ちくわぶ
 私は残念ながら、ちくわぶの美味しさも、ねちょねちょ食感も知らない。しかし、家族の温かい夕餉の風景が伝わってきた。文の中のコンビニおでんが伏線となり、添えられた俳句の「まだ見えてこぬ」にある味わい深いところを感じた。

ここ 中山奈々

 前号と今号の間で、奈々さんと会って、隣同士で息をしている生身の彼女を体感した。が、またここで句を読むと、不思議な人に戻る。

凩に一切見せぬふくらはぎ

[袋回し]
 写真は、奈々さんのもの。
 居酒屋の壁の手書きのメニュー。この手前のテーブルでは今袋回しに興じている一団がいるのだ。 

守護霊 中島葱男

 今号の六句のテーマを考える。「心」または「芯」ということに行き着いた。

億年を氷のままの水哀し

[カウンター]
 私の関わる薬業界にOTC(over the counter )という売り方による分類がある。全く違う様であるが、この文章を読んでいて、心は同じだと感じている。対面式、ということで伝わる意味は大きい。

《私の写真俳句
お三人の句に連想して。

居酒屋の隅におでんのランチかな
句会への冬の駅ナカ居酒屋は
熱燗やカウンターに我異邦人 十河智

歌詞集一冊、歌いました。

歌詞集一冊、歌いました。
      2018/12/21
      十河智
 今大阪、寝屋川に帰り着きました。半年に一度は、故郷にも帰っておきたいと、なんという用事もなく、弟たちの顔と、SNS情報で知った香東川の白鳥を見に帰りました。

 昨日は、お年を召した高松句会の世話人の方をお訪ねしました。能の仕舞いをなさったり、少し目に不自由はあるものの、まだまだお元気で、病気や出歩けなくなったお友だちも励ましておられるような方です。
 私の生まれ育った高松の中心部にお住まいなので、句会に合わせて帰ることは余りないので、お訪ねするようにしています。お一人暮らしなのです。もと看護婦(師)、産婦人科の婦(師)長さんで、きびきび、押してきてくれる。そんな方です。

 伺うと、マンションがドアや廊下、階段部分がリホームされて、とてもきれいで新しくなっていました。注意書が目を引きました。「ドアの鍵を持って出てください。鍵開けを業者に依頼する事例が増えています。」あとで聞くと、自動で閉まってしまうようになったそうです。ホテルの様。
 弟たちの家に持ってきた、お取り寄せのお裾分けで、中津川のすやの栗きんとんと栗金鍔をひとつずつお持ちしました。
 そして、彼女から、手作りの甘酒と「二週間干して美味しくできた。」と、干し柿を分けてくださいました。その上に、「健康によいとテレビでやっていたので、荏胡麻と荏胡麻オイルを毎日食べている。今は、手に入りにくいくらいになっている。」と、買い置きの荏胡麻油をいただきました。これでは、頂き物が重くなって釣り合いが採れないのですが、ご厚意に甘えました。
 荏胡麻油は、胡麻油の代わりに使わせて貰おうかと思っています。甘酒は、行く度にいただきますが、間で私も、教えてもらったやり方で作ります。「甘酒は夏の季語。」と教えていただいて、もう何年になるでしょうか。「冬は温めて、生姜をたっぷり。」と、仰りながら、渡してくださいました。その通りにいただきたいと思います。干し柿も、甘くて美味しくできていました。うちの渋柿は木に残ったままなのですが、来年はやってみようかなと思ったりしています。この方は、そんな気持ちを起こさせてくれる方なのです。
 話が尽きないくらい、いろいろとおしゃべりしました。高松句会で選を受けていたもっとご高齢の方が、少し元気を回復され、もう一度合同句集を編んでくださることになった話。お能の発表会に奮起して今年も上京して出てきた話。仕舞いや謡の、お稽古のことから、衣装や流派の話。私も祖母が謡のと仕舞いを習っていたので、和綴じの謡の本は懐かしく見せていただきました。その一節を舞ったり歌ったりもしてくださいました。思えばこれが私の七五調の原点だったと、思ったりしていました。
 それから、最近お見舞いしたお友達と、老人会から配られた歌詞集で、歌を歌ってストレス解消をさせてあげたと、その本を持って来られました。「一緒に歌おう。」といわれ、隣に座られて、順番に歌っていきました。私はカラオケは苦手なのですが、歌謡曲や童謡は大好きで、日本の歌、紅白など歌謡曲の番組もよく見ています。車では鮫島由美子の歌うのに合わせて歌っています。なので、そこに次々現れる歌は全部歌えるんです。「これは?これは?」とページをめくられて、大きな声で二人で歌っていました。ほぼ一冊の歌詞集を制覇寸前に夫が電話してきました。もう日が暮れているのにそのときはじめて気づくほどでした。すでに四時間ほどいたことになります。そこでお開きとなり、すぐ近所の夫の実家まで、一緒に散歩がてら来てくださいました。「私が引き留めたから、ご主人にそういうから。」と。
 句会の進行などもですが、ソフトでぐんぐん引っ張ってくださる。「まだまだ元気でやっていけるけど、少し考えてもおかないと、と思っている。」、なんてお話ししてくださっているうちに、夫のいる場所に着きました。
 ここいら辺は、どこにもかしこにも、私の幼い頃の思い出が染み付いていて、走り回る私がいて、友達や知り合いの影があって、元気になれるところなんです。
 法事とかではなく、ただなんとなく来た故郷の二日間が、楽しくて、大満足でした。
 弟の嫁に、お正月のお雑煮用の餡餅、白餅、白味噌を送ってくれるように頼みました。
 昨日いただいたものに加えて、香川のお醤油を二種類手に入れて、香川の蜜柑も貰って、細天、海老天も買ってきて、車の中はぐちゃぐちゃでした。
 雨で霧深い瀬戸内海の島紅葉や四国の山紅葉を見ながら、大阪へ帰ることができました。濡れた紅葉の色は濃く綺麗でした。

年用意高松に来て買ひ揃へ
白鳥に心残りや里の川
リホームのマンションドアちやんちやんこ
謡曲謡曲集暮早し
荏油(えのあぶら)飲んで元気に老いの冬
数へ日や用意して置く遺言書
二車線化急ピッチなり紅葉山
冬霧や遥かに四国山地かな
瀬戸の雨色濃き島の冬紅葉
メゾソプラノ聴きつつ唄ひつつ帰阪 
十河智

香東川に白鳥がいると聞きました。

香東川に白鳥がいると聞きました。
       2018/12/19
       十河智

 高松の香東川に白鳥がいると聞き、見に帰ってきました。
 川沿いの山にはよく登りましたが、香東川を河口付近から上流へ余り行ったことはないのです。子供の頃は、水量の少ない、整備されない川だったと思います。今いってみると、やはり台風や豪雨などもあるこの頃なので、整備が進み、河川敷きにも、色々施設ができているようでした。

 多くの水鳥が来ていました。白鳥もいましたが、優雅に水に浮かぶ姿は見せてくれず、寒さに負けて、帰ることになりました。残念です。
 お昼はやはりうどんです。はりやに並びました。その後、くつわ堂でコーヒー。ゆったりとした日になりました。

白鳥の浮かぶ川とふ故郷へ
香東川水を湛へて水鳥も
白鳥や待てど水には浮かばざり
白鳥やバルーンスカート穿く少女
湯気立つやさぬきのうどんの茹で上がり
夕時雨老舗菓子屋の喫茶店

追加の情報を少し。
この白鳥の母集団が近所にいるんだそうです。ここいら辺には、そこからはぐれた一羽、二羽がいるということを、栗林公園でボランティアガイド仲間の人に弟が聞いてきてくれました。今日帰阪予定なので、また今度の楽しみに、いっぱいいる白鳥を見に行きます。

70歳を過ぎた幼友達

70歳を過ぎた幼友達
        2018/12/18
        十河智

 ちょうどひと月ほど前、古くからの友人が紅葉を見に行きたいと電話してきた。ちょうど京都の八瀬へでもと思っていたときだったのだが、まだ八瀬の山道は台風の後始末が終わっていないようで電車が通っていなかった。車も八瀬へ乗り入れるのが、不安だった。それでこのときは、車で八瀬の入り口近く、洛北、高野の三宅八幡宮へ行った。
 この人は元来とても活動的なのだが、流石に今はバイクで行動する範囲を、距離制限しているという。それで、うちが車で出かけるとき誘ったり、こうしてむこうからもちかけてきたりする。
 高校の同窓だが、幼稚園も小学校も中学校も同じであった。長い人生、付かず離れず、たまに密になり、全く消息がわからなくもなり、そんな友人である。
今は大阪近郊の比較的近い所にに住んで、往き来している。
 保育園の保育士だった人で、旅の途中やちょっと出かけた場所で幼児に会うと必ず相手をしてやる。少し距離を置いた優しさ。この前の鞆の浦旅行で、渡し船で会った幼稚園児と、愉しそうに語らっていた。
 そして隣にいる私に懐かしそうに自分の過去を語り始める。そのような断片を繋ぎ合わせて彼女を知っているのだ。お互いに。
 こころが繋がっているか?それほどでもない。どちらも自分の思うがままに行動するタイプ。負担にならず、相性が良いのだと思う。彼女には信念があるようで、いくらすすめても絶対に携帯電話を持たない人である。連絡がとりにくい。しかし行動的で、私と違い、よくものを聞き、見知らぬ人とも、話ができる頼もしい人なのだ。
 その日は、生憎のどんよりとした雨の降りそうな日であった。長年の付き合いから、主人も知らぬ仲ではないので、運転手は主人。私たちの散策の間は、八瀬の入口のいつものホテルロビーの喫茶で、一休みしてくれるという。
 二人で紅葉を見つつ歩くつもりで、飲物とおにぎりを途中のコンビニで調達ということにしていたのだが、彼女が、おにぎりを用意してくれていた。そういう気の使い方をしてくれる。私はそれを受け入れる。それならと、コンビニではお茶だけ買って出発した。
 バス停があり、三宅八幡宮の七五三詣りの幟が並んでいたので、車を降りた。 参道を探したが、余所のお寺や路地のようで、入って行きにくかった。何回か来たことはあるがすぐ近くまで車で行ったので、距離感の狂いがあった。
 道行く人や散歩途中の座り込んでいた人に、聞いては進み、家の前で水やりをしている人にも尋ねつつ、ようやく吟行句会できたことのある景色に出会えた。平日なので、幟がはためいている割には、寂しい参道であり、社内であった。
 紅葉にはまだ早かった。休息所があったので、そこで彼女のおにぎりをいただいた。そこには、中学生らしき先客があったが、私たちが座り込むと、すぐに立ち去った。友人がこんな時間にと訝しがったが、多分試験中だったのではないかと、私は言った。たまに同じような二人連れのご婦人方や近所の人が、参拝のために通りすぎる。軽く会釈をしてくれる。
 神社の中を少し歩いた。紅葉している木も一、二本。がっかりだった。前にいいなと思った池と田んぼの方に回った。刈田の小路沿いに新しくフェンスが設けられていて、あれっと思った。鹿避け、猪避けかも知れない。これにもすこしがっかりした。
 「方向は間違っていないので、この道をいこう」そう私が言うと、彼女は偵察にでも行くように、先に曲がり角まで走った。いなか山道はすぐに終わり、整備された住宅街になった。途中、視界が開け、今山に入る前に歩いたバスの通りが確認できた。バス停まで戻って、時刻表を見たが、バスは少ない。一停留所分なので、歩くことにした。「今日は、歩くことを楽しもう。」彼女がペースを合わせてくれると言ってくれたので。
 私も、ゆっくりでもこうして歩くようにしていると、前より少し歩調が軽く感じられるのだ。
 緩い坂道をゆっくりとホテルの方へ歩いた。ナビや地図を持つ観光の人がときどき行き違う。二組ほどに聞かれたのだが、目にしていた標識や案内板は教えてあげることができた。ほかにも観るべきお寺やお社があるようだった。そのうちに少しぱらつき出した雨。傘を差すほどでもなかった。
 30分ほど歩き、ホテルで主人と合流した。昼食をして、本を読んで、彼は彼の時間があったようだ。
 こうして連れ合いながら、それぞれの時間を持つ、あんまりおかしいこととは感じていない。彼が山へ好きな五重塔を見に行く時、私は麓でよく待って時間を潰す。体力と興味の違いを乗り越えて、一緒に出掛けるための工夫ともいえる。無理をして、いつも同じ行動を取ろうとすれば、出掛けられなくなってくる。
 帰る前に、どうせドライブだからと、大原野まで行って引き返すことにした。あまり来る機会がない友人に、台風の後の倒木と、大原野の冬菜畑を見せたいと思って。
 大原の畑は、今の時期、葉っぱが濃い緑で埋め尽くしていた。友とゲームのように、あれは何、これは何、と当てっこになっていた。70を過ぎた幼な友達。
 大原の里の駅まで行き、Uターンして戻った。うちに着いたときは、五時で、もう暗かった。彼女は、バイクで帰って行った。
 母の最後の頃のことを思い出している。
 母には、お互いの結婚後に、高松の空襲跡の焼野原で再会した女学校時代の友人がいた。家も近所で、夕方、私がそこへ探しに行くほど、話し込むこともある人であったが、母が晩年少し遠くへ引っ越しをし、直後に骨折により足を悪くした。店番の友達のところへ、母が尋ねるというパターンが不可能となり、多分それ以来会っていない。母の時代の女友達は、だれかの奥さんであり、お母さん。電話番号も名刺もかわすことはない。移動手段を失えばそれで終わりの付き合いだった。
 それを思えば、この友人とのつきあいは長く濃いかも知れない。


入口を訊ねつついく紅葉の社
噴水の一筋哀し冬ざるる
日当たりのただ一本の紅葉ぢたり
冬社参拝者たま拍手たま
七五三参りの旗の列ぶのみ
枯木道幼な友達とて七十
夕時雨傘はそのまま杖として
大原野畑に冬菜びつしりと
あつあれは聖護院だいこんの葉と
暮早し友はバイクに家路へと

當麻寺奥の院の襖絵、お披露目

當麻寺奥の院の襖絵、お披露目
       2018/12/09
       十河智

 この前の木曜日に當麻寺「大方丈」の襖絵のお披露目の公開を見に行きました。上村敦之さんの描かれたものです。奈良には、上村松園、松篁、敦之、三代の松伯美術館があり、よく行きます。松篁さん、敦之さんは、そこの敷地付近に、植物を植え、鳥を飼って、日々デッサン、写生をしておられると、テレビなどで見たことがあります。
 あいにくの雨で寒い日でした。門前の駐車場は、出ていく車の後に入ることができました。無人で、五百円をポストにいれます。百円玉が四枚しかなくて、後から足すことにしました。 参道の茶店で、温かいにゅうめんと柿の葉鮨のセットとコーヒーをいただきました。この頃はどんなところでもコーヒーがあるので、食後が落ち着きます。お店は、昼過ぎなので一人で切り盛りしていましたが、寺から降りてきた人、これから行く人で満席、忙しそうでした。やはりにゅうめんが人気でした。一人の人、夫婦連れ、何人かのグループ。平日の鄙びたお寺にも、イベントには人が来るのだなあと感じていた。お釣に百円玉を入れてもらい、ポストに入れ足してから、お寺に登って行った。
 いつもより少したくさん歩いて奥院に。三三五五、手摺の譲合いなどもあり、絵の話、雨に濡れた石段への注意、そこここに声があった。時雨の冷たい空気の中に、ふぅっと温さが過った。石蕗の一群れが足元明かりのようであった。
 暗い建物の広い土間、玄関の間には、安土桃山時代の絵が残されていた。
 そこを庭の方から廊下伝いに各お部屋の襖絵を巡って鑑賞していく。
 最初の座敷でテレビで、このお披露目を報じるローカルニュースを繰り返し流していた。
 枯山水のお庭と、散り紅葉で敷き詰められたお庭、裏表に表情は違っていてお庭も見応えがあった。
 庭からの採光で、明るさが自然で、鳥たちの生き生きとした羽ばたきを見ることができた。一部屋ごとに四季が描かれているようであった。
 襖一枚、裏の部屋に入ると、今見てきた絵を愛でて評する声が聞こえる。「開けたらびっくりするやろうなあ。」主人が今にもやりそうに言う。
 楓の木がほぼ散ってしまっていた。「ちょっと来るのが遅かったなあ。」またボソボソと呟いている。
 写真を撮ってもいいと言われたのだが、電池切れ。またとない機会を逃してしまった。展覧会ではないので、絵葉書やカタログもなかった。
(余談になるが、この四時間ほど、世の中の SoftBank、Y- mobile 携帯では、通信障害が起きていたと後で知った。遮断されて、別世界にいたことは、幸運であった。)
 襖絵のつくるお部屋は、當麻寺奥院の佇まいとよく馴染んで、派手過ぎない、静粛な雰囲気である。少し新しく、明るく、現代的。ゆっくりと鑑賞して、雨が強くなっている外へ出た。

 境内を集団下校する小学生たちの元気が、雨に関わらず、眩しかった。

にゆうめんと柿の葉鮨や當麻寺
北風や雨もぱらつく仁王門
寒きかな安土桃山時代の絵
お披露目のローカルニュース冬座敷
奥の院の庭敷き詰めて散る紅葉
散る紅葉一日早く来てゐれば
枯れ庭や襖絵の鳥遊ぶかに
冬の鳥松伯美術館の庭
襖絵の裏に声あり冬の寺
時雨るるをゆるき階奥の院
石蕗の雨に足元明かるくし
訪れし記念に拾ふ散り紅葉
北風と寺内を走る小学生