花見酒———吉野行

花見酒
  ——— 吉野行 ( 2016/4/10 ~ 11 )
            十河 智

メールひとつ吉野で花見しませんか
花の雨吉野へ行く日あと二日
吉野行リュックで身軽花の昼
癒えし友駅のホームに花衣
あと一人誘ふや共に桜人
谷底のバス操車場山桜
春水を帯びて危ふし急階段
上り下り吉野幾坂草芳し
窓近くテーブル移し遅桜
手毬桜窓に白光ありにけり
花見酒吉野路弁当頼みけり
花の宿快気祝の旅であり
いつの間にか姉様と呼び花の影
半世紀戻り讃岐の花の山
留守にせし家のことなど春灯
胸元のスカーフ替わる花衣
風一陣そして吉野に花吹雪
牡丹の芽カフェ入口の植木鉢
素つ気なく三椏の花和紙の店
満天星の花密かなり鉢に咲き
警官も僧も里人散る桜
姫射干の芽や艶を見せ山肌に
寄り添へば人の温さや二輪草

「もう一歩発見が遅ければ、今はなかったかも知れない。」と、医師であり、生還した癌患者である彼女が言った。健診で発見、癌の摘出手術、放射線治療、転移の肝臓の部分切除、そして、最後に化学療法。およそ一年間、段階を追って、回復期間を間に置きつつ、治療に専念した。合間の回復期には、今までの忙しい生活とは違う日常にすごく戸惑い、突拍子もない事を言い出す。何を思ったのか編み物をして、私にも春物のカーディガンを編んでくれた。高校の数学や、量子力学の基礎をやると言い出す。何もせずにじっと体力温存が一番と助言しても、時間をもてあますと言って聞かない。治療の最中は、それどころではなく、相当に参っているという。それでも、今は元気だから会いに来てと言われていくと、少しげっそり気味でも、普通に振る舞うので、安心して別れる。そうして約一年が過ぎ、吉野へ行こうと誘われた。治療は、一度ここで完了、五月から週何回か仕事にも復帰するという。吉野は高校の同窓会で、一緒に行った思い出があるところ、彼女のお姉様も来るという。なつかしい。少し躊躇する同行であったが、誘いに乗った。部屋が四人部屋で、もう一人誘えるというので、電車の中から、彼女の病状を心配している同窓の友人で決断の早い人を誘ってみた。来てくれた。吉野は花が少し盛りを過ぎていたが、十日は日曜日で、人はいっぱいであった。翌日、十一日は、年に一度の大名行列が練り歩く日だという。人の流れが規制され、通りが、この日も混み合った。しかし私達は、桜吹雪と、この大名行列、宿泊した料理旅館での三度の食事、路傍の山野草や、プランター植木鉢の花の芽吹きに、暮らしのある吉野を実感して、満足して帰った。また、このミニ句集を三人に贈ろうと思う。