エスカレーターを止めてしまいました。

エスカレーターを止めてしまいました。
          2019/02/11
          十河智

 京都駅で新幹線から降りてくる人を迎える。一月のことである。関東から西に向いて来るので、知人が会いたいといって、京都まで寄り道してくれた。そう頻繁に会える人ではない、とても嬉しい申し出であった。俳句を通じて知り合ったが、パラメディカルとして共有できる話題もありそうで、二人で会えることを楽しもうと段取りをした。
「観光は要らない。それよりもゆっくり話を。」という。私の歩きが苦手で遅いことへの配慮で、ご本人は健脚である。それで、私も登ったことがなく、一望で観光代わりにもなる京都タワーの展望台に登ることにした。
 京都タワーは、できた頃は、京都の景観には異様と、昔は評判が悪かった。土台の建物はデパートだったが、とっくに閉店していて、一時閉鎖されていたと思う。だが、時代が移り、お化粧直しもして、今人気回復中らしい。つい最近、建設設計者の物語をテレビでも見た。今まで関心も持たなかったが、ちょっと行ってみたくなったのだ。
その後、下のカフェテリアで、ランチバイキングを楽しむことにした。予約しておいた。孫たちもいなくなり、正月の慌ただしさも落ち着いたときであった。
 わくわくしつつ、新幹線改札前で待っていた。
 朝早く出発してこられただろうに、元気に降りてこられた。
 寒い日であった。みんな着ぶくれていた。
 京都タワーの方へ駅構内を抜けていくことにした。
 お昼近い時間帯で、エスカレーターは人で詰まっていた。
 エスカレーターの乗り口付近には「転倒しないよう注意」の貼り紙。
 そんなことが自分に起きるとも思わず、いつものように、スッとエスカレーターに。
 ところが、後の知人に声をかけようと半分体を回した途端、バランスを崩した。
 止まれなかった。
 下の方向へ2段ほどツツッとよろけた。
 知人が支えてくれなければ、手を着かざるを得ず、挟まれていたかもしれない。
 他にも手を差し出してくれる人がいて、転倒までに至らずに止まることができた。
 支えになってくれた知人もよろけさせた。
 何秒くらいのことだったか、ここでよく止まれたと認識したとき、エスカレーターも止まってくれた。
 あぁ止まるようになっているのだと改めて思うくらいの余裕があったが、恥ずかしかった。
 下りの方から、若い男の声で、
 「ばあさんか……」
とか、聞こえてきた。
 確かに。白髪のよたよたヨロヨロおばあちゃんに違いないのだが、傷付く。
 「大丈夫ですか?」
 「怪我はない?」
そう言ってくれた人もいた。
 止まったあとのエスカレーターがどうなるのかはわからないが、怪我もなく大事にならなかったので、そのまま進んでいった。
 周囲の人も騒ぎにはならなかった。少し後ろ髪を引かれながらも、気を取り直し、京都駅在来線改札口まで来た。
 駅前の外の光景、京都タワーも見えて、平常心を取り戻していった。今日を楽しむ方に戻ってきていた。 京都タワーの展望台。
 晴れた冬空は最高だった。山のない南は大阪方面が霞んで、阿倍野ハルカスまでも、遠く細くその存在を示していた。
 備え付けの地図模型を見ると、町並みや観光社寺等がよくわかる。
 山と川そして道路を目安に、嵐山、嵯峨野、比叡、銀閣寺、大文字や清水寺東福寺三十三間堂と移動しながら目を移した。
 御所や二条城、真下の本願寺の各宗派のお寺、東寺。
 その後下に降りて、予約しておいたレストラン「タワーテラス」に入った。 ゆったりとした明るいレストランであった。窓が一面で、90分制限のあるバイキング。
 二人連れが多かったが、長く広い店内に、邪魔しない位置に案内されるので、ほんとにリラックスして話ができた。
 俳句仲間と、俳句の絡まない話ができた。
 仕事上の研修会が今回の目的で、いいものがあれば、自分で選んで受けに来るという。私もできるだけそうしたいと努力してきたので共感できた。
 仕事をしながら子育てする人とは、必ず保育所不足の話になる。お姑さんがいたので、続けられたという。私は、またまた、パート人生に甘んじなければならなかった経緯を興奮ぎみに語ってしまった。やはり悔しい選択だったと無意識に思いがあるのだと思う。決して不幸せな人生ではなかったのだが、やはりここが大きな痼となっているようだ。
 問わず語りに、自分のことを喋りあう程度であったが、いい時間を過ごした。
 京都らしく少し格調もあり、現代的なお洒落感ももち、美味しい料理とお菓子とお酒、いい空間であった。
 まだ午後三時、京都の町中を少し歩こうかと、いうことになり、あまり離れない東本願寺へいくことにした。
 雨が降りそうになり、曇ってきていた。通りに出ると、寒かった。
 直ぐのところで、声をかける募金があった。国境無き医師団。足を止めて話を聞いたが、実は少ないが毎年募金に応じている。
 東本願寺へ行くともう閑散としていた。知人には奥まで廻って貰ったが、私は広場の隅のベンチに腰掛けて通りすぎる人や鳩を眺めて待っていた。夕暮れのほの暗さと、雨の前の湿り気が、寺院の雰囲気をもっと厳かにしている気がした。
 せかせか急ぐ夫に遅れないようにちょこちょこついていく妻、中国人らしい大人数の一家、寺の関係者らしい一行。皆が現れては、消えていく。
 と、大きな怒鳴り声。誰かに向かってなのか一人でなのか、わからない。知人も、その横を見て通り、「おかしい人がいた。」といいながら、帰ってきた。
 帰りは堀川通りを渡り、路地のような古い通りに入った。遠回りして、雨に濡れつつ歩いた。一区画の四辺を歩き、京都駅に戻った。
 本願寺等の仏具や法衣を扱う店がある一角である。ひとつの店が大通りでは現代的ガラス張り、路地では、昔風の格子窓、直角に面が変われば、別の顔をしていて、びっくり、面白くもあった。
 そぞろ歩きは私に速度を合わせてくれて、工事現場があると手を差し出してくれて、優しい人だ。
 京都駅で、止まったエスカレーター、何事もなく、動いていた。乗るとき少しばかりの緊張感を覚えたが、無事乗り越えた。

 長い一生のうちの一日、帰りのバスの中で思い返していた。 
 
エスカレーターに転倒注意寒波来る
寒に転び止まらず止まるエスカレーター
婆さんか若き男の寒の声
寒雀何事もなき京都駅
冬の京ま白きランドマークかな
じんはりと冬日が届くカフェテリア
親子友人恋人いづれも二人冬暖か
京都タワー雪積む比叡確かめて
はるか細き阿倍野ハルカス冬霞
冬の暮砂利踏む音のさまざまに
境内に怒る男や寒の暮
軽からぬ足取りの我夕時雨
底冷えの京今と昔を直角に
時雨るるや京の片隅工事中
スクランブル渡りかねける寒九郎
優しき手添えさせくれて冬の道  十河智