有馬みどりさんのサロン・コンサート ………ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調 Op 106 「ハンマークラヴィーア」

有馬みどりさんのサロン・コンサート
 ………ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調 Op 106 「ハンマークラヴィーア」
        2019/02/18
        十河智

 先週の土曜日は、ピアノのサロン・コンサート。
 午後一時に間に合うように早めに出発、駅の隣の、ビルのレストラン街で昼食したが、このビルは、今月末には閉鎖、ビル自体を建て替えるらしかった。近頃、いろいろな古いビルが、こういうことになっているし、対策が施されたり補修中のインフラにもよく出くわす時代になった。
 イタリアンの店で美味しい春野菜の限定ランチを食べた。コンサートに神戸や芦屋に来たときの嬉しい付録である。
 ベートーベンのピアノソナタ全曲演奏を目指す有馬みどりさんの一連の演奏会の一環である。
 今度は、芦屋の駅近く、クラシカという小ホール。50人程のほぼ常連だけで聴く会であった。
 私は、音楽は聴いて楽しむだけ、曲についての詳しい解説をされても、右から左の私だが、このベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調 Op 106 「ハンマークラヴィーア」は、演奏前のみどりさんの解説によると、「全曲演奏という縛りを課していなければ、手を出したくなかった曲、難かしい曲にチャレンジしました。」という。
 速度の指定があって、楽章ごとに大きく違いがあり、纏まりを付けにくいことや、あとで演奏でわかるのだが、人の技がついていけるのかくらいのものが要求されているようなのだ。
 ものがわかっていない私が、これ以上のことは言えないので、この辺でやめて、ホールの様子を述べることにしよう。真っ白い壁に包まれたおしゃれな室内で、舞台真ん中のピアノは、最高のものだと聞いたことがある。演奏の前に、ティータイムがあるのが、約束になっている会場である。もう何回かここでみどりさんの演奏を聴いている。聴衆はどの顔も思い出す程度に見知っている。和気藹々とした空気である。
 最初に、解説があったので、聴く用意が出来ていて良かった。各楽章の全く違う曲想を楽しむことができた。特に長い第3楽章、有馬みどりさんは、とりとめのない、湖に船に揺られて時を過ごすような、と形容されていた、その感じも、ゆったりとピアノの演奏の浮き沈みに自然に乗ることができ、あっという間に終わっていた。
 聴き終わった後に残る心地よさ、他の3つの楽章による揺さぶりや纏まりがあってこそのこの緩やかさが、誘導してくれたものであろうと思う。
 蕪村の
「春の海ひねもすのたりのたりかな」
という句を思い出している。
 サロンの外に出ると、雨が散らついていた。降り始めである。傘を持っていないので、帰りを急いだ。
 淀川の下を抜けて学研都市線に入ると、まだ雨は降っていなかった。
 暮れる前に帰れたと主人は喜んだ。
 
春寒や寿命のきたるビルディング
春野菜ランチ限定十人と
芦屋駅余寒に長き赤信号
暖かき小ホールには見知る顔
黒きピアノ白壁眩し春の昼
ものの芽や呼吸整ふピアニスト
おぼろめく気をピアノより破りけり
難曲をものにし春の麗らかな
春雨やピアノの余韻身に響き
東西線学研都市線春の暮  十河智