森賀まり句集「瞬く」を読みました。

森賀まり句集「瞬く」を読みました。
      2018/08/30
      十河智

 森賀まりさんのお世話される麦笛句会に参加し始めて、もう二年ほどになる。「句集を出しているのなら、読ませてください。」とまりさんにお願いして、「ずいぶん昔のだけど」と、持ってきていただいた。

 夜空に瞬く星、実質のあるものから発せられる微かな光、遠く、時を経た、今に甦る感覚。ちょっと気持ちがきゅっと引き締まる俳句が並んでいる。
 この句集の句の作られた時期は、まりさんの一生のなかでも一番大きなうねりのあったときだろう。田中裕明さんが、私も会員であった「ゆう」を起こされ、病に倒れられた。裕明さんが亡くなられてから、少しづつ事情を知ったが、お二人ともいつもにこやかに、普通の姿勢で、遠方の句会にはご夫婦でこられていた。ご病気とはつゆも思っていなかった。あのお正月田舎から帰宅すると、訃報が届いていた。まりさんのあとがきにも「ことに多くの方々のお世話のなった」と、触れておられるし、子育ての時期でもあったであろう。どう考えても、大変なご苦労があったと推測される状況であるのだが、たまたまの同業というご縁で、仕事上の研修会でもほんのたまにお会いしたり、言葉を交わす関係であったが、いつもしっかりと、なんにも心配なさそうな様子であった。
 まりさんの俳句のなかに、生活は、感情は現れてこない。確かに生活し、子供がそばにいる作者はあるが、俳句として切り取られるものは、永久に光を放つ事、物として年月の彼方へ残されていく。星のひとつひとつとなる。このまりさんの句への昇華の過程は、奥坂まやさんの栞に言い尽くされている。
 それでも、所々に裕明さんの優しい姿があるように思われてならない。そんな二句をまず挙げる。

かすかなる空耳なれどあたたかし 
合歓咲いてかたき箱なる全句集

好きな句を挙げる。


夏の雲歌もう一度はじめから
風船のかなしく割れて山ばかり
大年の瓢亭へゆく海鼠かな
我を見ず茨の花を見て答ふ
花芒淡き一本道のあり


歩みゆくあたたかさうな毛虫かな
美しくわからぬ言語水澄めり


思ふより深くて春のにはたづみ
秋の蝶言語に無音ありにけり
本を読む冬帽のほか変はらぬ人


この冬の寒さの底に並びゐる
吉田山月光に目の慣れてきし
息白し河原の石を拾ふとき
俺といふ人来て座る箒草
夜の子の明日の水着を着てあるく


氷上のしづけさのたださわがしく
日脚伸ぶ太々とあり青き文字
机より春の終刊号を手に


朧夜のマーマレードに深く匙
しぐるるや印刷の黒写真の黒