折勝家鴨句集「ログインパスワード」を読みました。
折勝家鴨句集「ログインパスワード」を読みました。
一
序
「鷹」の方だった。小川軽州さんが丁寧な序文を書かれていて、著者のお人柄とその句の特徴、本質を紹介している。軽州さんの最初の二文、これがこの句集を言い当てていて、これ以上の言葉が無いように思う。
「家鴨俳句は今風に言えばさりげなくエッジが利いている。私たちが今を生きる現代という時代と相性がよいのだ。」
軽州さんが「鷹」の巻頭に推した四句。
働く日数えてしだれざくらかな 家鴨
山桜夜はきちんと真っ暗に
かんたんによろこぶおたまじゃくしかな
わたくしは女キャベツの葉をめくる
出世作という一句。これが句集の題に取られている。
梅白し死者のログインパスワード 家鴨
二
跋
加藤静夫さんの書かれた、こちらには、「鷹」の活動の中での著者の生き生きとした特別の存在感が描かれていて、「鷹」で重要な位置に立つ方と知りました。
以下、一章五句、挙げて、存分に鑑賞してみたい。口調が良くて、忘れられない句や感覚的にぴったり嵌まる、とても身近な句が、たくさんある。
最後に、全体で気に入りの五句を選び、鑑賞させてもらうことにしよう。
この句集の句には、こういう形で、感想を述べたかった。私の勝手な思い込み感想である。作者を全く知らないが、句には凄く共感するのだから、仕方ない。
三
第一章 市松模様
1 桜咲く金を遣いに東京へ
この感覚、よくわかるのだ。四国の田舎で育った私達は、神戸や大阪・京都、東京へコンサートや買い物、美術展ことあるごとに、出掛けては自慢していた。
2 沈黙を待って三分ヒヤシンス
喫茶店か何かの相対の席、相手を思い口を開くのを待っているが三分が限度というのだ。この沈黙を句にできるのか、と驚きがある。ヒヤシンスに話しかけて待っているのだろう。
3 良き夫の基準まちまちジギタリス
ジギタリスの何であるかを知ると、少し怖い句。花は美しく観賞用に置く人もいる。この良さの基準もまちまち。
4 十七歳年下の彼胡桃割る
単純に彼の若さと逞しさに称賛の声をあげたのだろう。詠み手の歳を取ったと感じ始めた感覚に共鳴する。
5 日が落ちて妻となりけり冬薔薇
切り替える必要あり、職業婦人と妻。よくわかる。「日が落ちて」フルタイムで目一杯の感じが出ている。冬薔薇に両立への矜持が現れている。
四
第二章 大陸
1 太陽を描くクレヨン昭和の日
この句によって想起されるもの、昭和の子供の持つクレヨン、大体の子はお日さまを描くとき、赤かオレンジ、ちょっと変わった子がいて、黄色・緑・黒、心理分析なんかしていたなあ。
2 わたくしは女キャベツの葉をめくる
すごく共感する。「女は作られる」と言った思想家がいた。普段女と思って行動しているわけではないが、「わたくしは女」そう思う瞬間のひとつがこれだ。
3 雪兎家族はガラス戸のむこう
不思議な暖かさが感じられた。ガラス戸で遮られていても、視線や灯り、この場面では、雪兎を作る子供は外にいてほしい。
4 うららかや開けて嬉しきコンビーフ
この句にも大共感。独身の一人暮らしで、遅く起きたときのブランチを思い出す。コンビーフの缶は、開けるのに技と時間が必要なのだ。
5 働く日数えてしだれざくらかな
なぜしだれざくらなのだろうか?働く日を数えるのはなぜなのか。こう言うとき読み手は、自身の経験に照らし合わせるしかすべがない。桜咲く頃、家庭には状況の変動が起こる。夫の転勤、子供の進学進級。主婦が今の仕事をやめざるを得なくなる。日ごと膨らむ桜の蕾、しだれざくらの花時は遅い。仕事に来るのはあと何日?
五
第三章 ラブホテル
1 露の世や畑のなかのラブホテル
この光景は私のすむ町から近い奈良大阪の府県境にもある。露、この季が、畑のなかの風景をよく表し、露の世、この言葉が、時代をよく表す。ただ、今うちの近所では、外国人旅行者のための変わったホテルに転換され、人気だそうだ。これも時代、想像できなかった。
2 鳥籠を十月の風通りけり
この鳥籠に鳥はいるのだろうか?多分、空。だから気づいた。そう思って読んだ。秋のさっぱりと透き通る涼感が感じられた。
3 引越のトラックに乗る今日の月
どんな事情かは知らぬが、最後は荷物と一緒にトラックの助手席に乗るような引っ越し。俳人冥利につきるのは「今日の月」に気づいたこと。嬉しさが最後に浮き出る。
4 雛の日やつんと冷たき除光液
大人になって、特別のことなく迎える雛の日、一日の終わりの爪の手入れ。
5 老人の集合写真凌ぜん花
見事に取り合わせたな、と思う。凌ぜん花、古家に揺らめき、それほど手入れもされず埃っぽい感じ。それが年寄りの集まりにうまく嵌まっている。
六 多肉植物
1 子の恋は子供産む恋雪間草
本能に任せる恋の結末、浮き世の合間にふっと出されるニュース。軽く言い、奥に潜む問題が大きい。
2 夏近し少年院の楠大樹
建物と塀、外から見える唯一のもの、楠大樹。中でも季節感がある恐らく唯一のもの、少年達は希望を抱くのだろうか。
3 星と星引っ張り合って涼しさよ
教わった知識、引力とか。実感することは何もない、だけど、気持ちよく涼しいところで星を見ていると、こういう風に言ってみたくなった。
4 声出して心戻しぬ草の花
まあ、こういう気持ちになることある。声を出したら、すっきりしただろうか。
5 象の背の夏蝶空へ飛びたてり
象にとっては、何でもないこと。存在もわかってないこと。夏蝶の行動が美しく、輝いて見えたのだ。
七
全体からの五句
1 生きること死ぬこと春に笑うこと
ここでは「死ぬこと」と繋げて対句口調で整えて、春の高揚感をさらに持ち上げている。そのように思う。
2 圧倒的多数のひとり黒揚羽
目立ちたい。そういう願望もあるのかもしれない。それに否定的なスタンスを持っているのかもしれない。現実は圧倒的多数の中へ埋もれている。
3 梅白し死者のログインパスワード
まず滑らかな口調に誘われ、一度口ずさむと、もう忘れられなくなる。死者のログインパスワード?私はもう死んでしまった人が、冥界で与えられる認識符号のようなものを想像した。ようやく辿り着き、これを与えられて落ち着く、そんな状況を、である。他の方の解釈では、この世の残されたものの困惑を語っておられた。多分ログインなのだからそっちだ、と思ったのだが、第一印象から離れられない。
4 文学と余りご飯と虫の声
この作者の、主婦としての日常、私のそれと重なっている。
5 てのひらのどんぐり家に帰らぬ子
夕飯の支度の時間が迫る、親が帰ろうといっても、まだという子。私も堪忍袋の緒を切らしひっ抱えて家に連れ戻したことがある。夕暮れの懐かしい光景である。
一
序
「鷹」の方だった。小川軽州さんが丁寧な序文を書かれていて、著者のお人柄とその句の特徴、本質を紹介している。軽州さんの最初の二文、これがこの句集を言い当てていて、これ以上の言葉が無いように思う。
「家鴨俳句は今風に言えばさりげなくエッジが利いている。私たちが今を生きる現代という時代と相性がよいのだ。」
軽州さんが「鷹」の巻頭に推した四句。
働く日数えてしだれざくらかな 家鴨
山桜夜はきちんと真っ暗に
かんたんによろこぶおたまじゃくしかな
わたくしは女キャベツの葉をめくる
出世作という一句。これが句集の題に取られている。
梅白し死者のログインパスワード 家鴨
二
跋
加藤静夫さんの書かれた、こちらには、「鷹」の活動の中での著者の生き生きとした特別の存在感が描かれていて、「鷹」で重要な位置に立つ方と知りました。
以下、一章五句、挙げて、存分に鑑賞してみたい。口調が良くて、忘れられない句や感覚的にぴったり嵌まる、とても身近な句が、たくさんある。
最後に、全体で気に入りの五句を選び、鑑賞させてもらうことにしよう。
この句集の句には、こういう形で、感想を述べたかった。私の勝手な思い込み感想である。作者を全く知らないが、句には凄く共感するのだから、仕方ない。
三
第一章 市松模様
1 桜咲く金を遣いに東京へ
この感覚、よくわかるのだ。四国の田舎で育った私達は、神戸や大阪・京都、東京へコンサートや買い物、美術展ことあるごとに、出掛けては自慢していた。
2 沈黙を待って三分ヒヤシンス
喫茶店か何かの相対の席、相手を思い口を開くのを待っているが三分が限度というのだ。この沈黙を句にできるのか、と驚きがある。ヒヤシンスに話しかけて待っているのだろう。
3 良き夫の基準まちまちジギタリス
ジギタリスの何であるかを知ると、少し怖い句。花は美しく観賞用に置く人もいる。この良さの基準もまちまち。
4 十七歳年下の彼胡桃割る
単純に彼の若さと逞しさに称賛の声をあげたのだろう。詠み手の歳を取ったと感じ始めた感覚に共鳴する。
5 日が落ちて妻となりけり冬薔薇
切り替える必要あり、職業婦人と妻。よくわかる。「日が落ちて」フルタイムで目一杯の感じが出ている。冬薔薇に両立への矜持が現れている。
四
第二章 大陸
1 太陽を描くクレヨン昭和の日
この句によって想起されるもの、昭和の子供の持つクレヨン、大体の子はお日さまを描くとき、赤かオレンジ、ちょっと変わった子がいて、黄色・緑・黒、心理分析なんかしていたなあ。
2 わたくしは女キャベツの葉をめくる
すごく共感する。「女は作られる」と言った思想家がいた。普段女と思って行動しているわけではないが、「わたくしは女」そう思う瞬間のひとつがこれだ。
3 雪兎家族はガラス戸のむこう
不思議な暖かさが感じられた。ガラス戸で遮られていても、視線や灯り、この場面では、雪兎を作る子供は外にいてほしい。
4 うららかや開けて嬉しきコンビーフ
この句にも大共感。独身の一人暮らしで、遅く起きたときのブランチを思い出す。コンビーフの缶は、開けるのに技と時間が必要なのだ。
5 働く日数えてしだれざくらかな
なぜしだれざくらなのだろうか?働く日を数えるのはなぜなのか。こう言うとき読み手は、自身の経験に照らし合わせるしかすべがない。桜咲く頃、家庭には状況の変動が起こる。夫の転勤、子供の進学進級。主婦が今の仕事をやめざるを得なくなる。日ごと膨らむ桜の蕾、しだれざくらの花時は遅い。仕事に来るのはあと何日?
五
第三章 ラブホテル
1 露の世や畑のなかのラブホテル
この光景は私のすむ町から近い奈良大阪の府県境にもある。露、この季が、畑のなかの風景をよく表し、露の世、この言葉が、時代をよく表す。ただ、今うちの近所では、外国人旅行者のための変わったホテルに転換され、人気だそうだ。これも時代、想像できなかった。
2 鳥籠を十月の風通りけり
この鳥籠に鳥はいるのだろうか?多分、空。だから気づいた。そう思って読んだ。秋のさっぱりと透き通る涼感が感じられた。
3 引越のトラックに乗る今日の月
どんな事情かは知らぬが、最後は荷物と一緒にトラックの助手席に乗るような引っ越し。俳人冥利につきるのは「今日の月」に気づいたこと。嬉しさが最後に浮き出る。
4 雛の日やつんと冷たき除光液
大人になって、特別のことなく迎える雛の日、一日の終わりの爪の手入れ。
5 老人の集合写真凌ぜん花
見事に取り合わせたな、と思う。凌ぜん花、古家に揺らめき、それほど手入れもされず埃っぽい感じ。それが年寄りの集まりにうまく嵌まっている。
六 多肉植物
1 子の恋は子供産む恋雪間草
本能に任せる恋の結末、浮き世の合間にふっと出されるニュース。軽く言い、奥に潜む問題が大きい。
2 夏近し少年院の楠大樹
建物と塀、外から見える唯一のもの、楠大樹。中でも季節感がある恐らく唯一のもの、少年達は希望を抱くのだろうか。
3 星と星引っ張り合って涼しさよ
教わった知識、引力とか。実感することは何もない、だけど、気持ちよく涼しいところで星を見ていると、こういう風に言ってみたくなった。
4 声出して心戻しぬ草の花
まあ、こういう気持ちになることある。声を出したら、すっきりしただろうか。
5 象の背の夏蝶空へ飛びたてり
象にとっては、何でもないこと。存在もわかってないこと。夏蝶の行動が美しく、輝いて見えたのだ。
七
全体からの五句
1 生きること死ぬこと春に笑うこと
ここでは「死ぬこと」と繋げて対句口調で整えて、春の高揚感をさらに持ち上げている。そのように思う。
2 圧倒的多数のひとり黒揚羽
目立ちたい。そういう願望もあるのかもしれない。それに否定的なスタンスを持っているのかもしれない。現実は圧倒的多数の中へ埋もれている。
3 梅白し死者のログインパスワード
まず滑らかな口調に誘われ、一度口ずさむと、もう忘れられなくなる。死者のログインパスワード?私はもう死んでしまった人が、冥界で与えられる認識符号のようなものを想像した。ようやく辿り着き、これを与えられて落ち着く、そんな状況を、である。他の方の解釈では、この世の残されたものの困惑を語っておられた。多分ログインなのだからそっちだ、と思ったのだが、第一印象から離れられない。
4 文学と余りご飯と虫の声
この作者の、主婦としての日常、私のそれと重なっている。
5 てのひらのどんぐり家に帰らぬ子
夕飯の支度の時間が迫る、親が帰ろうといっても、まだという子。私も堪忍袋の緒を切らしひっ抱えて家に連れ戻したことがある。夕暮れの懐かしい光景である。