柿若葉は難しい素材です。

柿若葉は難しい素材です。
           2017/5/6
           十河智

 この間、草抜きをしていて、柿若葉の透明感、つやつや感に、見入ってしまった、という前段があった。
 初夏の花を活けたくなって、いつもの道の駅、ふたかみパーク當麻の里へ花を仕入れに行った。今は木ものがあまり置いてなくて、花ばかりになった。一応自由花とはいえ、緑で新緑の頃を表したかった。夏の花ばかりになるのは意にそぐわなかった。活けているうちに、庭の柿の若葉を添えようと思いついた。
 活けたものを写真にとり、いつからか、Facebookのカバー写真に使うようになっている。今回、柿若葉を入れて初夏のバージョンにしようとしたが、柿若葉が少し勢いを失っている写真になり、最初のものが気になって仕方がなかった。柿若葉だけが一日経つとグンナリ、げっそり、活け替えるか、抜くか、そんな状況になっていた。カバー写真にした写真も気になったので、水揚げにくふうをして、柿若葉を活け直した。葉先まで、張りのある、つややかな、柿若葉が、写真に撮せた。このときはよかったと大満足であった。
 一夜明けて、柿若葉の状態は、またグンナリ、げっそり、いかに難しい素材なのかと、思い知ることとなった。ふと、あの輝きの柿若葉を写真に残せたことが手柄で、喜ばしいことと思ったのではあるが、平行して、小さな罪悪感にも苛まれた。庭には初夏の日差しの中で、伐られなかった柿若葉が、つやつやと耀いていたからである。
 ありがたく感謝して戴く、ということは、食に関してはよく言われることだが、拘ってしまった写真のために、無駄にした数本の柿の枝と若葉、同じ結果になってから、そこまでの贅沢がよかったのだろうかと、悩んでしまっている。

生き生きと活けて写真に柿若葉
一瞬を輝き若葉朽ちにけり
若葉伐り活けるは罪か一夜限り
庭に降る朝陽や眩し柿若葉
生き生きと柿の木にある若葉かな