静かな句集「日脚」 岡田耕治著

 静かな句集 「日脚」岡田耕治著
         十河智
         2017/4/9
 岡田耕治さんは、Facebookの「俳句大学」で一日一句鑑賞の選者として初めてお名前を知ったが、作られる俳句は、その後、ある機会にお逢いすることがあり、ご自身が揚げられるFacebookで読ませていただくようになった。
 お会いした印象と同じく、優しく慈愛に満ちた視線で対象の微かな存在感や変化をとらえ、この世界や社会、延いては宇宙の確かに在るものとして、断言してくれている。Facebookでは、この感覚が、なかなか言葉に言い表せるまでに熟成されなかったが、句集「日脚」を読んで、確実なものとなった。
 「日脚」の印象は極めて静かである。ことりと音もしない、そういう静かさのなかに、俳人が立ち、歩き、視ている。時には、談笑し、酒を酌み交わす場面もあるが、俳人の動作は、場面のなかに溶け込み、雰囲気だけが伝わってくる。言葉に託されたものだけが浮かび上がってくる。
 教師として赴いた場所と教え子、住むところ、ご自分の今と過去、社会の事件なども、この句集のなかに隠し絵のように、組み込まれ、書き込まれているのだろう。しかし、抽出された本質だけが語られる。そして、少しの意思ある表現が、作者の存在を静かに浮かび上がらせる。
 最初から最後まで、ほんとに静かで、落ち着く句集であった。こういうある意味迫ってこない句集には、あまり遭遇したことがない。そしてそれこそ、この句集の読後の充実感の源である。

好きな句を揚げます
 練炭に残るほむらの初昔
 先生の冬空もいま明けんとす
 宙に出てしずかになりし鳥の影
 日脚伸ぶ消されしビルの悲鳴にも
 秋立てりピアスの穴の向こうにも
 六林男亡し繰り返し引く辞書の前
 私が最も遠し大枯野
 透明なエレベーターの冬銀河
 白を着る多くの人と会うために
 篠山の枝豆一つずつ太る
 曲がりたる胡瓜の空を想いけり
 つばくらめ幽かな疵をつけいたる
 えんぴつのひらがなだけの日記果つ
 缶蹴り継ぐ中学生の年新た
 広島の銀杏黄葉として黙る