進化する殺虫剤

進化する殺虫剤
     十河 智

 もう築40年以上のわが家では、害虫に悩まされる。まずゴキブリ、多くはないが、いつの間にか飛んでくる。今は、たぶん家の中で卵が潜んでいる。幼虫を見かけることが増えたのだ。次に蜘蛛、庭にも巣を張り、私が引っかかる。家の中で見かけることもあるが、庭へお引き取り願うようにしている。家の中で、蜘蛛は殺すなと親から言われ続けたせいで。それから、蟻、蜂、ムカデ。家の中に時折侵入してくるので、刺される前に対策がいる。勿論刺されたこともあり、治療用のキンカン、ムヒなど常備している。
 そんな家に住めば、殺虫剤は、必要悪で、使わざるを得ない。そう言えば、小学生ぐらいの頃、専用の霧吹きで、アースの液を部屋中にばらまいて、それから蚊帳をつるして寝ていたことを思い出す。かなりの量の殺虫剤の霧が降り注いできた。おまけがあって、台所には、ハエ取りリボンがぶら下がり、時に髪の毛が当たり大変な目に遭った。霧吹きが、スプレーになり、少し強力だが、的中率の高い商品に替わったのは、高校か大学の頃かと思う。それはかなり長く続いた。蟻やムカデに専用のものがあったくらいで、メーカーはいろいろでも、それほど種類が多くはなかった。
 私は、薬学部を卒業後、製薬会社に勤めた。そこに、殺虫剤メーカーと提携した殺虫剤の研究部門があり、蚊を飼う部屋や、ゴキブリを飼う部屋があった。担当者は、殺虫剤は進化すると予言していたが、一消費者として、現在を見ていると、予言通りである。
 瞬殺するゴキブリ用、ジェノサイド的な蟻用、蜘蛛の巣をグシャグシャにして、蜘蛛を追い払う蜘蛛用、庭木用の殺虫剤は、昆虫に害があるが金魚には無毒と、植木屋が言う、信じ切れてはいないが、確かにターゲットを絞り、他への影響を少なくし、使用する薬剤の絶対量を減らす方向が見えてくる。人間には、優しいのだろうか。もっと視点を広げて、生態系全体や地球環境にはこの方向で正しいのだろうか。蚊やマダニなど、恐ろしい病気が、人間の行き来が簡単になった世界を脅かしていて、「蚊に食われたわ。」と笑っていられない状況も出てきている。どこまで、虫を追い詰める必要があるのだろうか。蚊が、絶滅危惧種になるのだろうか、なんて、つい未来を想像してしまう。

 追い詰めてけふゴキブリを殺しけり
 蟻の列巣へ全滅の危機運ぶ
 へなへなに蜘蛛の網(い)崩す一吹きよ
 金魚には安全と言ふ植木屋は
 でもやはり消毒臭と草いきれ