失せ物探し

失せ物探し  (春休み大事件)
         2016/4月
         十河 智

 娘から連絡があった。春休みは子供二人と自分、母子だけで来ると。忙しいので二泊のみ、静岡へ来るときには、運転を引き受けるから、一緒に帰る予定でという。いつものことだが慌ただしい。小学生になった子供もその親も何かと学校行事やお稽古事に振り回されるらしい。これまたいつものごとく、子供を一日預かり、映画館に連れて行き、娘は、娘にかえって、幼なじみとランチ、次の日は、子供を連れて、大学時代の友人と、レゴランドへ、これで、終わりと言えばそれまでだが、親は、ゆっくり娘と話す時間など無い。友達に会いに大阪に帰ってくる。仕方が無い、友達も親も大阪にいるのだから、我慢して、子供を預かってやろうと思うが、ちょっと寂しい。この頃は、電話もあまりかけてこないのだ。迎えもいらないという。子供たちに電車の乗り方を教えるから、寝屋川まで自分たちで電車を乗り継いでくると言う。ちょっと前までは、京都駅まで出向いてやっていたのに、孫たちも成長したのだと実感した。
 予定通りに来て、予定通りに映画に行き、レゴランドへ行って、一度ぐらいは外食をみんなでしようと言うことになって、いつも行くイタリアンレストランへ行った。そこは、人気の店で、春休みに入ったばかりの頃は、特に子供が多く賑わっていた。前菜とデザートがバイキング方式で、ドリンクバーもついているので、子供たちもケーキやジュースが選べて、嬉しいレストランなのだ。楽しく食事をして、やっと娘とも話をした気分になれて、うきうきと家に帰ってきた。玄関に入ったとたんに、娘が、「あの店に、忘れ物がある。」と言い出した。何かと思えば、上の孫が、食事の時以外はつけている脱着式の歯列矯正器具を食事の前にガラスコップの中へ外して入れておいたのだという。電話をまずかけて、その店の従業員は気づかずに後片付けをしたことを知り、娘は、「今からすぐに行きますので、」と、慌てた様子で店に引き返した。自費で、何万円かするものらしい。孫には、まだ自覚がなく、よく忘れそうになるが、忘れてしまうのは、初めてだったらしい。私の子供時代は、歯並びは個性の範囲で、八重歯の子も多かったし、そんな器具はなかった。娘が子供の頃、歯列矯正は、今よりもっともっと費用がかかり、器具も大がかりで、不便でも確かずっと固定するような方式だったように思う、あまりしている人を見なかった。しかし、今は、手軽な着脱式で、簡単に扱えるようになっているのだ。それでもなくすと大変な額である。慌てもする。
 なかなか帰ってこなかった。忘れた孫も連れて行っていた。忙しくてごった返しているレストランにも迷惑な話だっただろう。待っている私たちもやきもきしていた。小一時間経った頃、やっと戻った。
 娘が言うには、やはり、残飯の中に混じって捨てられていたらしい。ごった返す中、店長と、娘と孫で、探し出したらしい。洗い桶に見つからず、ゴミ箱にも見当たらず、いよいよあそこにしかないなと、店長が残飯の中から見つけてくれたと、本当に迷惑をかけてしまったと、帰ってからも何度か娘は言い続けた。店長は、孫に洗って渡すとき。もう忘れるなよと諭すように声をかけて、孫も素直に、ありがとうと言ったらしい。ま、いい経験をしたというしかない。これだけ大騒ぎになったし、自分も探したのだから、もう忘れることはなかろうと、器具をようやくポリデントの液に浸した後の大人たちの感想である。
 次の日、娘の運転で、静岡に向かった。静岡浅間神社の春のお祭りがあり、下の孫が成長祈願の稚児行列に参加するというので、娘にしてみたら、この三日間しかなかったのだ。親のことも考えたのだろう。老人の運転ミスによる事故が子育てママさんたちの話題になっていると言うから。少しでも運転を代わってくれようとしたのだと思う。私たち、まだ大丈夫だけど、ありがとう。

花疲れこの頃忘れ物多し
春の闇芥生にまで手を伸ばし
失せ物の浅蜊殻より出で来たる
見失ふ蝶追ひかけて走る子を
親であり子であり春の山を行く