寒々と

(五十才前後、夫は単身赴任で、甲府に。娘は神戸で下宿生活。そんな暮らしの記録である。)

 寒々と
             十河智
 
 遠きかなまた始めから炭を継ぐ
 我の意志突如熾りて炭撥ねる
 早々と一人子抜けぬ冬の景
 冬銀河行きつ戻りつ思案して
 我儘を攻むばかりなり冬朝日
 破れ蓮キヤリア苛み刻まれて
 荒れ狂ふ春の大雪俺の家
 春陰を出勤の顔険しげに
 夫の膳添へたき蕗をぐつぐつと
 箱庭の街秋の蝶一つゐて
 秋寂しテレビがなるがままとして
 栗を剥く退職すると決めし日は
 褒め合はぬ夫婦相座し星月夜
 更待や元気一声取り交はす
 諍ひに通話切りけり長き夜
 秋深し風いろいろにさやがせて
 冬めきて無職の妻をさながらに
 神無月正職員は不採用
 仮に棲む彼の地の夕餉冬の暮れ
 寒々と妻の椅子無きワンルーム
 初めての冷たさ水のジンジンと
 づかづかと孤高の家へ暖入れる
 人の字に汝(な)と我(あ)のありと荒鷲
 蜜柑くれ軽く命令されにけり
 讃岐の子雪にわくわくしてをりぬ
 セーターの色合いよろし甲府駅
 返り花別れの訳はそれぞれに
 姫椿夫に仕へぬ薄暮かな
 寒き地へ着くを告げをりベルが鳴る
 身は軽く旅人となり春隣