池谷秀子さんの「ジュークボックスよりタンゴ」を読みました。

池谷秀子さんの「ジュークボックスよりタンゴ」を読みました。
        2018/08/04
        十河智

 池谷秀子さんに、第一句集「ジュークボックスよりタンゴ」をお贈りいただき、読ませていただきました。「俳壇賞」を受賞された俳人で、フェイスブックで、話題になっていた句集、句集としてはちょっと変わった題名に興味を持ち、読んでみたいなと、ネット検索をかける寸前、お贈りいただいた。ちょっと驚いた。
 はじめて接する池谷さんの句は、独特の発想に満ちていて、目を見張った。比喩が、壮大であったり、一句のなかにストーリー的展開があり、それが意外性を持つ。決して優しくはない、角さえあるゴツゴツした言葉の使い方も、魅力的であった。
 基本は、写生、目前の画面からの飛躍、そう思った。発想の起点は、目前の噴水、プール。そこから歯痛、
一枚の水、という飛躍が、私の頭にはあり得なくて、驚くし、感嘆してしまう。これは、所属誌「青垣」代表の大島雄作氏も「序」で、述べておられることと共通する。
 かなりの句数であるが、最後まで、厭きさせない。一つ一つの句にある実景は、裏に回ってはいるが確かなものに違いない。そこに薄っぺらに陥らない確かな基礎を感じさせるのだ。

好きな句は、挙げきれないほどであった。特に印象的だった句を挙げさせていただく。



噴水に息を合はせてゐて歯痛
一枚の水に戻りぬ夜のプール
星飛ぶや身の痛点に散らばつて
あたたかや灰となるにはよき日和
ストールも猫もするりと落ちたがる



太古より待ち草臥れて山椒魚
黒南風やジュークボックスよりタンゴ
黒揚羽ゆるく空気を掻きまぜて
日食や蘭鋳の尾の一揺らぎ
白息やどうとマンモス倒れたか



讚ふべき山河傷つき卒業歌
はんざきは何度訪ねてみても留守
赤んぼを載せて月夜の台秤
秋高し輪投げの棒のやうな塔
校庭に山の影伸び冬休み



南風吹き猫はほつつき歩きたい
花韮や毎日母に朝が来て
月さして赤ん坊には浮く力
ごつごつと当たるリュックの夏蜜柑
雁渡し父の写真はもう増えず



保父さんをよぢ登る子ら春よ来い
一膳のご飯を温め原爆忌
八月九日死者も生者も立ち尽くす



草笛やハックルベリーフィンはどこ
百合匂ふ斎場の戸の開くたび
レコードの傷の土砂降り巴里祭
音楽の沁み込んでゐる髪洗ふ
秋冷や瘡蓋剥がすごとき雨