阪神大震災 1995.1.17 未明のこと

阪神大震災
   1995.1.17 未明のこと         
             十河 智
                                        
一 醒まされて    …大阪…    
 醒まされて冬曙や震度四
 二度三度揺れ潜り行き深蒲団
 テレビへと朝の冷気を切り急ぎ
 冬映す画面に一行地震あり
 冬茜震源知らぬ不気味かな
 蒲団撥ぬ震源淡路子に近き
 大地震その隅なりき冬朝日
 重ね着や神戸遠しとリダイアル
 電話には一縷の気迫声冱てる

二 五時四六分       …神戸…   
 刻々と倒壊地割れ火事映り
 冬ざれや電車を担う伊丹駅
 冬日射す瓦礫の隙間声ありて
 救い待ち冬の日長し現現(うつうつ)と
 鎌鼬(かまいたち)重たき枷(かせ)を背に目覚め
 子午線に五時四六分冬晴るる
 声も無く逝きけり高き冬天に
 寒の月不倒と言える道路折れ
 頬を刺す風襲う街鉄筋曲がる
 冬木立つビル傾斜して頼りなし
 冬枇杷や屋根の重みを耐えてをり
 生きてをり全壊の家セーターの赤
 縁(えにし)辿(たど)り束の間借りし冬日
 ほろほろと完ペシャンコの町寒夜
 神戸無惨睦月の月を眺めをり

三 災いを生き            
 裂け崩れ突堤冬の波洗ふ
 災ひや零下のテント土に寝(ゐ)ね
  火事跡に骨探し当つ冬帽子
 凍て星や身一つとなり仰ぎ見て
 スペースに暮らし蒲団の連連(れんれん)と
 荷を背負ひ行きかふ駅や風花し
 寒雨沁(し)む簡易テントに切々(せつせつ)と
 冬川原洗ふ物持ち降りて行き
 冬の雨六日の埃鎮むらむ
 冬地震自然優しきものならず

四 生気
 冬果つるシャンプー日毎なりし子等
 風呂の来て避難所生気つと溢れ
 命ある良しとし艱苦 (かんく)風呂に入る
 湯気の欲し冷えしむすびを喰(は)みにけり
 薄紙や無事と一筆焼け野なり
 校庭に焚き火燃え継ぐ声も無し
 夜警して守るべきもの険しき眼
 寒燈や人なき家を守(も)り居たり
 炊き出しの鍋に風花また踊り
 今日のことまた今日のこと日脚伸ぶ

五 救助・報道                     
 酷寒やライフラインといふ響き
 災害や冬木桜の下の列
 報道に感情出づる寒暮かな
 都市の冬救済者かつ被災民
 ボランティア平常心と防寒着
 風垣や通行止めに迂回して

六 悲惨
 枯木折る重圧終(つひ)にストレス死
 寒苦鳥死者累々と運び行く
 焚火する神戸の町の残骸で

七 周辺
 しばらくは安否を問へり寒厳し
 八幡詣で活断層にある灯籠
 古き京地震を恐怖悴(かじか)みて
 冴えにけり震災ショック癒えぬ我
 橋隔つ大阪日常花キャベツ

八 復興
 階ひとつ消えゐしビルや冬の坂
 少しずつ人のにぎはひ余寒かな
 未来都市湧く泥水に枯れにけり
 避難所に冬構えありダンボー
 春待たむコーヒー店は再開し
 「やっと抜けて生きてをれたの」ぼたん雪
 疲れしと声凍み入りて無事祝ふ
 なつかしき炭火で焼きて魚売る
 また壊す復旧開始冬の靄(もや)
 主(あるじ)待ちペットは空(うつ)ろ春の泥
 水仙を手向けし市場焦げしまま
 水仙は五千の霊にブーケとし

九 春
 難儀越え大人びて春再生す
 春立ちぬ満目大布(まんもくたいふ)覆ふビル
 春雨や洗はれて街生き返り
 春宵やポートタワーは燈に浮かび
 料峭や壊屋そっと立つ老婆
 貫通のJR神戸春の色
 神戸線沈み気分の雨水かな
 朧月打ちのめされし神戸かな
 淡雪や隠しきれずにゴミの山
 物売りに緊張ありて春の雪
 子午線の正しき時刻春日射す
 春埃都市の空間駄々広し
 ビルを切る工具に降りて春みぞれ
 露地行けば班雪積むヘルメット
 春服に神戸のセンス潜ませて
 心根にしまひしものや春ショール
 梅の香や今日一日を遊ばなむ
 縦横にヒビ塞がれて花青木
 人気(ひとけ)無き崩れ家に花三分咲き
 時移り朧満月昇りけり