第九回田中裕明賞受賞、小野あらたさんの第一句集「毫」を読みました。

第九回田中裕明賞受賞、小野あらたさんの第一句集「毫」を読みました。
        2018/09/25
        十河智

ふらんす堂から出ている選考経過報告の冊子に、ご本人の受賞の言葉があり、「俳句甲子園」から俳句を始めたが、俳句を続けるために「大学入学」「新社会人」の壁は大きいと言っている。多くの仲間が、ここで俳句を作らなくなったと言っている。ある意味「夢」の実現となったこの受賞と、これからの自分の活躍により、俳句甲子園世代の夢と大人から若手に対する信用を自分の双肩に負ったつもりで、弛まぬ研鑽を続けたいと、若い心で決意を語っている。
 私たちの麦笛句会、彼の言う年齢の高い俳人の多い句会では、ゆっくりと安心して俳句らしく読める句集だと、評判がよい。
 好きな句、面白い句を挙げる。

(さっと眺めたところでは)

*日頃の生活のなかでの気づきの句

夏期講座真白き部屋の端に座す
鉛筆の黒のきりりと休暇明
おしぼりが夏柑の香になつてをり
白扇の骨に汚れの沿ひにけり
若葉風ロッカーに鍵ぶら下がり

カタカナ語が馴染みよく句の中に入り込んでいること

夏山に嵌め込まれたるホテルかな
ボルシチにじゃがいも一つ文化の日
凩や匙の付け根にラテの泡

*私たち世代の見ないところにスポットライトが当てられて、しかも若さゆえの勢いがあること

大根煮る背中まだまだ怒りをり
強さうな鳩がをりけり梅見茶屋
自転車の籠錆びてゐる花見かな
緑陰に拝観料を納めけり
次々と馬放たれて草青む

*若者らしく言い切る世相への皮肉

絵も文字も下手な看板海の家
食べるのが早くて暇で暮の秋
十夜婆いつの間にやら戻りをる
似たやうな雲ばかり来る花野かな
卒業の別れを惜しむ母と母

(じっくり読んで)

**私の好きな俳句らしい俳句

廃船は浜を飾りぬ更衣
人参を浸して水のあかるさよ
風止まぬ高さに朴の咲きにけり
沢蟹や石の間に水休む
今朝の峰みづみづしくて青葡萄
つくしんぼ傘の割れ目のうすみどり

**特に小野あらたさんらしく思った句

テーブルに七味散りをりかき氷
極月の改札に売る京野菜
冬の雨高速バスの腹を開け
向日葵の種の円とも螺旋とも
三日月といへど眩しき夜業かな
和菓子より美しき茶の花活けてをり

櫂未知子さんが「跋」に言う。これを最後に引用する。

「心の風景をもっぱら詠むことにしている若い俳人が多い中に、小野あらたというひとは、今誰もやっていない写生の実験をやっている若手ということになる。」